京都大学 世界史 2018年
中世ヨーロッパの十字軍運動は200年近くにわたって続けられた。その間、その性格はどのように変化したのか。また、十字軍運動は、中世ヨーロッパの政治・宗教・経済にどのような影響を及ぼしたのか。300字以内で説明せよ。
京都大学 世界史2018年第3問
考え方 2世紀は、近現代以前では、1時代と考えて良い幅なので、構造化することは求められていないだろう。従って、論点に関わると思われる指定語句を自分で書き出すことになる。
答案の構成は、問題文の構成に素直に従う。 論点は、2つ (1) 性格の変化 (2) 政治・宗教・経済への影響
(1) 聖地回復・東西教会の再統一・異教徒の撃退を目的とする
→領土拡大・東ローマ帝国内の通商貿易権の独占
(2) 政治 王権の伸張・封建勢力の弱体化(貴族・教会) ルイ9世
宗教 マニ教の影響=カタリ派、12世紀ルネサンス
経済 東方貿易・商品経済
このスケッチに従って、120+180程度の配分で書くことを考える。
11世紀末のクレルモン公会議によって始められた十字軍は、異教徒を撃退することによる聖地イェルサレムの回復とローマ法王による東西教会の再統一を目的とした。第4回十字軍は、封建貴族の領土拡大と北イタリア諸都市の商人による東ローマ帝国内の通商貿易権の独占を目的とした。政治的には、封建貴族および教会の弱体化に伴って、国王権による集権化を招いた。宗教的には、東方のマニ教の影響を受けたカタリ派の反ローマ教会運動とカタリ派弾圧のためのアルビ十字軍を引き起こした。経済的には、香辛料などの地中海貿易の興隆によって貨幣経済が浸透したことで、商品経済が発達し、現物経済に立脚する封建勢力の経済的弱体化を招いた。297字
「当初は…を目的としていたが、その後、目的を変えて…を行った。」などというように文章として流れるように作成することは考えていない。単純に具体的な史実と、記載すべき史的評価を並べるだけ。採点基準は、こうした「書かれているべき単語」を中心に進められるので、文章表現は、破綻していなければ、それ以上は不要であると考える。 寧ろ、重要なことは、数多くの問題に当たることによって、字数と時代と、記述の具体性のレベル、指定語句相当の語句の数などを掴むことだと思う。 多分、京大の方が東大より具体的な字句を求めているだろうと思う。
前提となるのは、11世紀以降、三圃制農法(8・9ー11・12世紀に北ガリア中心に)により純粋荘園が成立して、封建制が確立される。農業生産性の向上は人口の増加を招き、西欧の3大膨張運動である、1.失地回復運動(スペインのレコンキスタ)、2.東方十字軍運動、3.ドイツ東方植民が行われる。 これらの運動は、1.イスラム世界とそこに保存されていたイスラム文化・古典文化の西欧への流入(文化)、2.遠隔貿易とヨーロッパの域内貿易の結合(経済)、3.貨幣経済の浸透による封建制の衰退(政治)、の3つの現象を結果した。 こうしたことは基本的な論点である。
しかし、未だに、多くの受験指導書や模範答案例が、「十字軍の失敗は教皇の権威を失墜させ、教会の威信が低下した」などという愚にもつかない答案を作成している。そうではなくて、遠隔地貿易の復活、貨幣経済の浸透、封建制の衰退(封建貴族と、封建主体の1つである教会が衰退:封建的な主体は、封建諸侯、教会、自由都市の3類型がある)の開始つまり、王権の伸張が結果されたことを指摘することを求めているのである。
教会の衰退と封建諸侯の衰退が同一の現象であることが理解できないとすると、相当世界史については勉強が足りないのだろうと思う。本質的には、1.分散的土地所有、2.現物経済、という状況から、1.一円的土地所有とその領域における一円的裁判権の確立、2.貨幣経済、という状況変化に応じて、国王による中央集権化、商業資本との提携、絶対王政へと進んで行くというのが大きい流れであるからだ。
この時代は、東西交流が、ルネッサンスを生み、ルネッサンスが宗教改革を生んだという流れを前提に、この問題では、その前駆的な事件が生じていることを指摘している。 300字では、こうした丁寧な説明はできないので、理解している人が読めば、ああ、こういうことを言っているな、と分かるような答案になる。宗教・経済・政治の順に書くことが求められていれば、書きやすいが、問題はそうなっていない。 ルネサンスについては、この12世紀ルネサンス、1430年からのフィレンツェ公会議、
12世紀半に、コルドバ(後ウマイヤ朝の都ー1031滅)のイブン・ルシュド(1126-1198)は、アリストテレスについての膨大な注釈を記述する。これが、アクィナス(ドメニコ会)のスコラ学へつながる。但し、これは東西交流ではあるが十字軍の直接の影響ではない。
(一応、基本的な事柄は理解しているという前提で、この記事を走り書きしているのであるが、問題文には、時代指定がない、「200年」しか書かれていないのであるから、対象となる時期の始期か終期を示しておかねば、世界史の答案としては基本的な要件を満たしていないことになる。だから1095年、クレルモン公会議、ということは書かれていなくてはいけない。ここでは、字数を節約するため世紀で表記した。こういう基本問題で「書くことがないので困る」とか言わないで下さい。書かねばならないことが多すぎて絞るのが大変、というのが普通だと思います)